中の島ブルース

2010年5月3日

大阪はとても好きな場所だが,そこに勤務先の大学の出張所がある。中の島にあるので,別称「中の島ブルース」という(うそ)。さる3月にそこで3時間の講義をしたのだが,あやうく「ブラウン首相事件」の先取り事件を起こすところであった。

大阪キャンパスの事務を担当するKさんのおすすめで,ピンマイクを使って話をすることとした。両手が空くので,岡本真夜のような手の動きになるが,とにかく何とか1時間30分ほど話をして10分間の休憩を宣言,お隣りの控えの部屋に帰ってきて緊張が解け,堂島川を眺めながら,「中の島ブルース」のメロディを口ずさんだ。そして,愛用のMacBook Airを開いてメールをチェックしようとしたとき,Kさんがいきなり控室に侵入してきて,私の方を指さし,「先生!マック!」と叫んだ。私は,どうしてそんなに興奮しているのだろうと思いつつも,「そうなんです。私,マックなんです」なんて志村けんのような感じで応じたところ,実はピンマイクがそのままで,中の島ブルースも,私マックなんですも,すべて会場に流れており,受講者はみんな苦笑していたという次第であった。

しかし,中の島ブルースであったからよかったものの,「あの前に座っている若い男,変な顔,ぶっ」とか,「ばばあ,もっとまともな質問しろよ,どあほ」とかつぶやいていたら,少なくとも朝日新聞の大阪版には登場していたに違いない。橋下知事あたりに,教壇に立つ資格なし,とかいわれていたに違いない。おおこわ。

この世の中には,心の中で思うだけにすべきであり,周りに誰もいないと思っても,言ってはいけないことがあるのだ。

これは,刑法上,行為と不行為の区別に関わる議論である。ただ,昔からこんなことを考えている。もしかりに,人間の額のところがモニターになっており,そこに,電光掲示板のように,心の中で本当に考えていることが文字情報として流れるとする。そうなると,刑法も,今とずいぶん変わったものになると思う。

まず,人間は服を着るのと同じように,「はち巻き」のようなものをして,モニターを隠すであろう。このはち巻きを取る行為は,かなり重い犯罪として刑法典に規定されるはずである。単純に盗み見ることは比較的軽く,暴行・脅迫・欺もうを用いると重く処罰される。他方,愛の告白は,はち巻きを取ることにより行われることになろう。恋人同士ははち巻きをとり合って,お互いのモニターを見せ合うのである。実に美しい光景である。

そうなると,裸になるのと同じように,はち巻きをとる行為は,本人にとっても他人にとっても恥ずかしい行為となる。人前ではち巻きをとる行為は,公然わいせつ罪と同じように処罰されるであろう。ポルノのカテゴリーとして,「はち巻きとり」が承認されるはずである。

問題は夫婦である。私の想像では,夫婦が二人きりでいるときでも,新婚とかよほどの変態とかの例外を除いて,はち巻きをしたままとなるであろう。そこで,1人が寝ている間に他方がはち巻きを取ってモニターを盗み見るといったケースが起こるはずである。おそらく通説は,夫婦といえども心の中をのぞき込ませない自由があるという理由で,可罰的と考えることであろう。

いまこの日記を読んでいる人は,なぜ私がこれほどこの問題に精通しているかと疑問に思うであろう。実は,いまドイツ語の論文を用意しているのである。8月までに,ロクシン教授の80歳記念論文集への寄稿論文を仕上げなければならないが,そのテーマがまさにこれで,論文のタイトルは「刑法におけるはち巻き」,すなわち,Das Hachimaki im Strafrechtなのだ。これが発表されれば,先駆的研究として世界的注目を浴びるはずだ。